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平井孝広さんの専門職問題セミナー参加記(H25.2.22 岡山市)

平井さんに専門職問題セミナーの参加記を書いていただきました。

専門職セミナー参加記

平井 孝広

はじめに

筆者は、全史料協の個人会員であるが、アーカイブズや図書館、博物館などの関連業界には勤務していない。公的機関に属さない一般企業に勤めるいわゆる民間人である。現在の仕事は、IT関連企業の営業職である。10年程のシステムエンジニアの経歴もあるが、これまでの学歴や職歴においてもアーカイブズの業界と深く関わった経験が無いため、その専門的な知識は持っていない。本参加記はそのような素人かつ民間の筆者が述べるものであることから、素人目線の所感を中心に書くため専門の方よりは、筆者の立場に近いアーカイブズの一般利用者に読んでもらえるとありがたい。
またセミナー開催より3ケ月近く過ぎてからの時間差執筆となるため、事実と記憶の誤差がある場合はご容赦願いたい。

1.オプショナルツアー 岡山県立記録資料館見学

セミナー当日の午前、岡山県立記録資料館の見学ツアーへ参加した。全史料協のイベントの際に企画されている見学ツアーでは、普段は関係者以外立ち入り禁止区域となっている場所の見学ができるため、できる限り都合をつけて参加している。先入観をあまり持たない様、見学ツアーにはいつも下調べなしで参加している。
岡山県立記録資料館はセミナー開催場所であるきらめきプラザに併設していて同じ敷地内にあった。
今回も同様に、館の成り立ちを把握していなかったのだが、感覚的に外観や館内の雰囲気がどことなくそれらしくない感じがしていた。しかしツアー中、館は旧国立岡山病院の小児病棟を改装した建物であるとの説明を受け、疑念は払拭された。外観から受ける建物の小ささ、延べ面積の狭さについても合点がいく。面積が狭いということは、当然であるがそれだけ資料(紙やその他の物理的媒体)を保存するスペースも限られる。所蔵資料の限界についてはどこの館でも頭を悩ませる課題であると承知しているが、岡山県立記録資料館の場合は深刻度が高いかもしれない。そのような困難な状況を抱えているからか、スペースの有効活用とそれに関わる間接的な工夫についてはとても良い印象を受けた。
これは他の館でもよく見かけるのだが、通路に無駄ができないよう移動式書架を用いてある。さらに棚に収納される資料保存用の中性紙段ボール箱(以下、単に「箱」と呼ぶ)に行き届いたアイデアがあった。資料は箱に丁寧に入れられ保管されているのだが、資料を取り出したり見たりする際に、箱を棚から引き出さなくても箱自体が横(手前)から開くよう設計された箱を採用されているのである。また移動式書架の隣り合う棚が閉じた際に、箱の開閉部にある凸部分がぶつからない様向かい合う箱は凸部分が左右にずれている。箱の初期投資はそれなりにかかるかもしれないが、箱や資料へのダメージがとても軽減できているので維持コストが低減できるだろう。
また初見でインパクトがあったものがもう一つあった。荷解き室に設置された業務用冷凍庫である。
資料を摂氏マイナス25度で冷凍し(冷凍期間は聞きそびれたが)、その後24時間掛けて解凍する。その作業により虫の卵の駆除、水での損傷を食い止めることが可能とのことである。よく耳にする薬剤や二酸化炭素での燻蒸も別途行うとのことで資料保存の技術も様々とりいれてあり、素人レベルの主観で恐縮であるが創意工夫があると感じる。
全体的な印象としては、岡山県立記録資料館は都道府県公文書館の中では比較的新しい館であるため他の館の「いいとこどり」をされいて、”無駄のない”、”効率的な”といっていいものであり、利用者目線で直接的な言葉に換えると、設備への費用(税金)を無駄のないように使っていると思えた。

2.基調講演「博物館学芸員養成の現状と課題」 徳島県立博物館 長谷川賢二氏

前述のとおり筆者は学芸員という言葉は知っていても、職務内容は分からない。そのような状況で講演を拝聴した。
最初に博物館の定義、資格や学芸員と就職に関する現状などの話を聞いた。登録博物館と呼ばれる博物館法で定義された施設の数は、博物館的な施設全体の約6分の1しかなく、その施設へ任用がないと学芸員と名乗れないと博物館法で定めてあるとのことであった。アーキビストと同じく学芸員という世界もとても狭い世界と思われる。大学で資格を取った学生の就職率についても非常に低い。人材の需要と供給のバランスが成り立たず受け皿がないのが実態なのだろう。

長谷川氏の講演資料は、以下のURLからダウンロードできるので是非参考にして頂きたい。

平成24年度専門職問題セミナー資料

長谷川氏の述べる「雑芸員」という言葉が印象的であった。多種多様な館の形態および広範囲な業務内容よるものらしいが、その言葉から想像できる人材は、会社員の世界では重宝されるに違いない。また講演後のワークショップでも議論されることになるのだが、学芸員に期待される資質についても論じられ、専門性以外にコミュニケーション能力や運営能力が必要であるとのことであった。この点も、企業と相違ないと思われる。
筆者自身の話であるが、就職の際やその後のキャリアパスの中で、専門的な技術や知識を必須とする業務を担うスペシャリストか、広く浅くのジェネラリストか、ある程度個人の希望が反映できていると考えている。ところが博物館業界においては、そのような選択肢がないのが実態だ。様々な専門性と一般的な能力を兼ね備えたスーパーマルチ人材にならざるを得ない状況なのである。ただ結局のところは、公の専門職という難しい枠組みの中で、法、学術、資格、現場などのそれぞれ乖離があるものの、必要な人材という観点では業界を超越して課題の共有ができると感じた。

3.アーキビスト専門職問題について討議するワークショップ

専門職としてアーキビストに求められる人物像とは?というテーマで行われた。
討議は、「ワールドカフェ」という初めて聞く方法を使って行われたが、イントロダクションにおいてコンセプトや具体的手法を聞くと、今回のような異種多様な職業に携わる参加者の討議時において魅力的なやり方であることが分かった。
セミナー後にインターネットを使って調べた知識も交えながらではあるが、ワールドカフェは「知識や知恵は、人々がオープンに会話を行い、自由にネットワークを築くことのできる『カフェ』のような空間でこそ創発される」という考え方から生み出されたとあり、「小グループを組み替えながら行う何回かのダイアログを通じて、参加者同士の知識の共有とつながりを醸成し、より深い理解と集合知を生み出す。」とある。まさにその通りであり大変共感できる。
ファシリテーターによる説明において、本手法を他花受粉に例えていたのは、適切で理解し易かった。
参加者名簿を見る限りでは一般企業からの参加者は筆者のみであり不安があったが、通常のかしこまったスタイルよりラフな場が提供されている方が意見を出すには適していた。
具体的な進め方は以下の通りである。
・グループは、1グループ4人で計6グループ、討議は3ラウンド行う。
・1ラウンド目、スターティンググループ内で話し合う。20分の時間経過後、1人がグループに残り、他3名はそれぞれ別のグループへ移動する。
・2ラウンド目、グループメンバー4人がれぞれ元のグループで整理した意見の交換を中心に対話する。20分の時間経過後元のグループへ戻る。
・3ラウンド目、他のグループで得た意見を持ち寄り結論を出す。
・結論は具体的に氏名、性別、勤務先、能力などを設定し、グループごとに発表する。
最初に参加したグループで議論の軸になったのは、一人アーキビストなら何が必要か?ということであった。保存や古文書等の技術論の習得は無論、コミュニケーションやマネジメント能力を備えたスーパーアーキビスト=マルチ人間というべき人材の必要性についてであった。自治体規模が小さく予算も限られることから一人アーキビストという体制になることも少なくないようである。
発表についてはそれぞれのグループがユーモラスかつ個性的な人物像を呈していたが、どの人物像も本質は先のスーパーアーキビストと同じであると感じた。

4.おわりに

専門職問題について様々なところで長年議論されているようであるが、アーキビストに資格制度が無いということを知ったのもつい1年前のことである。全史料協では以前にも図書館や博物館から専門職について学んでいたことがあるらしいが、先人の知恵を借りることは素晴らしいことで、今後もこの取組を続けてさらに議論を重ねてもらいたい。議論の末に専門職育成や就職が改善されるものと思われる。
また、各自治体はアーカイブズ拡大拡充を目指してほしいが、そのためには人もお金も時間も必要だろう。特にお金に関しては近年の自治体予算は厳しい。現在の利用者が多い図書館や博物館と比べるとさらに厳しいものと想像できる。敢えて現在の利用者と書いたが、以前にアーカイブズでは未来の利用者に目を向ける必要があると聞いた。歴史的文書の価値がいつ発生するかということだろうか。ただ、現在の利用者が増えれば予算も増えるのではなかろうか。現在の利用者を増やすのであれば、住民にもっと知ってもらう必要がある。筆者もその一人であったが、アーカイブズを利用する機会が少ないため、このような機関があることを知らない人が多い。その点に対してイベントや館独自の展示は有力であると思うが、イベントや展示の工夫にも限界があれば、地元に本社を置く企業とのタイアップ等も面白いかもしれない。
単純ではないかもしれないが、認知度、利用者、予算が順に比例して増加し、その費用から少しでも民間企業が一緒になることで、文書の保存や利用が改善されて、さらにそれぞれの要素が増えるというスパイラルアップの構図ができないだろうか。このような働きかけに一民間企業人として貢献していきたい。
以上のことから、ワークショップに自分なりの回答をつけるとしたら、今回のセミナーのように目線を少し外へ向けて他業界や民間企業の知恵や力を借りることで普遍的なものを見つけ、解決の糸口を見出す能力のある人間ということになるだろう。
拙文で大変恐縮ではあるが、一読して頂いたのであれば一度近くの公文書館に足を運んで頂けると幸いである。
それが日本のアーカイブズ専門職問題解決の第一歩であることを願う。

カテゴリー:公文書館専門職問題
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